Mumbles

🇬🇧愛が強め。熱狂的ダウントニアン。ダウントンアビーはじめ英国ドラマ映画メモなど思いついたことを書きます

不幸な話は使い方次第でユーモアになる?

 

前回のリッキーの”ユーモアは辛いことを乗り越えるためにあるものだ”を踏まえてみた。

 

タブー=いっちゃいけないこと、例えば人の死、不幸、セクシュアルなこと、政治的なこと、文化的なこと

 

それをうまく使ったシーンを紹介したくなったので、こちら。(前も書いたんだけど)


www.youtube.com

 

ブラウニーコンペティション in ノッティングヒルの恋人

 

内容

友人、兄弟含め6人ほど家で誕生日パーティーを開く。

”どうだ?この1つ残ったブラウニーをかけて勝負しないか?誰が一番不幸な役を演じられるか。”と言って、みんなが不幸な役者になりきって、話をし始める。

 

本当は役じゃなくて、みんな自分の不幸のストーリー。

まるで他人のこととして話し始める。

離婚した話、事故で足が麻痺してしまった話、胸が縮んできた話、整形した話。

 

普段言いづらいこととか、自分の問題を”役”を通して間接的にみんなに知ってもらう。

でも他人の前提だから、笑ってもいい。ディスってもいい。

皮肉ってもいい。

同情したくなっても、悲しくても、いい演技だね〜って。

 

不幸の話を笑に変えられる素敵なシーンだなと思うのです。

 

本当は普段言いたいけど、シリアスな話すぎて言えない。

人に言うとどんな反応を取られるかわからないから言えない。

自分の中でうまく処理できなかったから言えない。

そんなトピックを人に話すことができて、ちょっと励ましてもらえる。

人の悩みも知って、自分だけじゃないんだなと思える。

 

最高の自己開示の方法なのでは?

普段こんなんできないだろうけどね。

 

 

だからノッティングヒルは素敵な作品だなと思うのです。